ハープとは?

 私が主に演奏しているのは9-16世紀の作品で、中世、ルネサンス時代の音楽です。

 西洋の音楽における中世時代は5世紀頃から1450年までのおよそ1000年を指し、西洋史の歴史とほぼ同じです。その中で500年から1150年までを中世初期、1150年から1300年までを中世盛期、1300~1450年を中世後期と区分しています。ルネサンス音楽は1450年から1600年に作曲された作品です。

 ハープの歴史は古く紀元前 3000 年まで遡ることができます。今日、私たちが目にする 3 辺の枠で出来
たデルタ型(Δ)のハープは 9 世紀頃から聖書写本に登場し、写本挿絵には詩編の作者とされるダヴィデ王がハープを奏でる姿が多く描かれ、ハープは聖三位一体や完全性の象徴とされました。


 600 年頃には harpa という語が現れますが、中世時代は楽器の名称が定まっていなかったため、リラLyraやキタラcitharaをはじめとするいくつかの語が、撥弦楽器の名称として混同して使われていました。同じ撥弦楽器であるリュートもリラやキタラと呼ばれることがありました。
 

 ハープは中世の文学作品の中でも高貴な楽器として描かれます。物語の英雄や麗しい貴婦人がハープを演奏したり、ジョングルール(旅芸人)やメネストレル(職業的音楽家)といった楽士たちが演奏する場面が描かれています。アイルランドの風土記では、司教などの聖職者が遍歴の際にハープと共に旅したという記録も残っていて、ハープがこの時代にいかに際立った存在だったかを知ることができます。


 私たちがイメージする中世ハープのほとんどは、写本挿絵や障壁画などに映し出される「絵」が基になっていて、今私たちが演奏で使用している楽器はそれらを元に起こしたレプリカです。現存する楽器は一番古くて14-15世紀頃のもで、それ以前の楽器は残っていません。

これらの絵から中世時代のハープはデザインが様々であることが分かります。指の形
やハープを構える姿、ハープの付属品など、中世時代ならではの特徴もはっきりと見ることができます。楽器の形状も年代ごとに特徴があり、分類すると大きく4つに分けられます。

 

デルタ・ハープ(9-11世紀頃)

ロマネスク・ハープ(11-14世紀頃)

​平行2列弦ハープ(~14世紀頃まで)
ゴシック・ハープ(14-15世紀頃)

 

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Romanesque harp / Medieval harp

ロマネスクハープ / 中世ハープ 12世紀頃
Made by George Stevens
 

ロンドンに留学してすぐに出会った、私をハープの世界に導いてくれた中世ハープ。この楽器でヨーロッパの音楽祭や各地での公演に参加しました。ロマネスクハープは腕木が緩やかにカーブを描き、共鳴胴の厚みがあるのが特徴で、11-13世紀のハープの代表的な形状です。聖書図像の中のダビデ王がこのタイプのハープを弾いている姿が多く残っています。ロマネスクハープは両膝の間に楽器を挟んだり、膝の上にハープをのせて、上半身で楽器を包むようにして弾けるので、体にぴったりと収まり、弾き語りをするときには楽器との一体感が得られてとても歌いやすいです。

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Romanesque harp /  Medieval harp

ロマネスクハープ/中世ハープ 12世紀

"Portico de Gloria" of Santiago de Compostela Cathedral 

by  Master Mateo, 12th c.

Made by Rainer M. Thurau

 

 

古い時代のハープには定型の楽器はなく 、楽器の大きさ、弦数、デザイン共にバラエティが豊かで、柱頭や支柱、支柱と共鳴胴の繋ぎ部分などに装飾がされている楽器も多く魅力的です。私は中世の吟遊詩人の作品を中心に演奏してきたので、私もいつか装飾の入った豪華で、中世を象徴するような楽器が欲しいと考えていました。

そしてついに注文したモデルが、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂の「栄光の門」に彫られている、黙示録に登場する24人の長老のひとりが手にするハープでした!

この楽器はロマネスクハープとしては超大型、異例の24弦!ですが、中世時代の絵画や写本挿絵ではキリスト教の象徴性が優先的に表現されるので、このような「24」弦のハープは実在、または再現したとしても不思議ではないと思っています。ただし演奏するときには24弦をフルには使いません。当時の音楽のスタイルや作品の音域、求める音色に合わせて意識的に2オクターブ程度の音域を選んで弾いています。曲やアレンジによっては10弦もあれば充分なこともたくさんあるので、奏者の解釈とセンスが生かせる楽器です。

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Arpa Double /  Medieval double-strung harp

2列弦ハープ/ 中世ハープ

Based on the surviving neck and pillar of a medieval harp", 15th c.

Made by Simon Capp 

14-15世紀に見られるタイプの楽器です。​3辺の長さにあまり差がなく、全体的に丸みを帯びた形状をしています。大きさもゴシックハープに比べると小さく、膝に挟むか膝にのせて弾けるサイズ感。座位で演奏する場合、楽器をかなり寝かせて弾く姿が見られるのはこのタイプのハープに多いです。ダンスの折にはこのタイプのハープ1台で伴奏している挿絵もみることができます。

私のハープは14世紀後半の
絵画にある2列弦ハープにならって、平行2列弦(ダイヤトニック2列)で弦が張られています。

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Baby Bosh harp /  Gothic harp

小型ゴシックハープ

 "Garden of Delights"

painted by Hieronymus Bosch, 15th c.

Made by Lynne Lewandowski



某世界的売買サイトで偶然見つけてアメリカからロンドンに輸入した持ち運びに最適な小型のゴシックハープ。小型ながら豊かな音量で、アンサンブルの中でもしっかり音が聞こえます。15世紀の画家、ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」に描かれているゴシックタイプのハープで、腕木と柱頭(クラウン)の先端が尖っていて、共鳴胴の厚みが薄いのが特徴です。この小型ハープは例外的にロマネスクハープのような厚みのある共鳴胴を持っています。
 

medieval harp
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Bosch harp /  Gothic harp

ヒエロニムス・ボス・モデル/ ゴシックハープ

"Garden of Earthly Delights"

painted by Hieronymus Bosch, 15th c.

Made by Rainer M. Thurau 

こちらもロンドン留学中に手に入れたハープです。この楽器は15-16世紀に演奏されたゴシックハープのもう一つの特徴であるブレイピンがついていて、私はこのハープに常にブレイピンを掛けた状態で演奏しています。ブレイピンの効果で低音部はとりわけサステインが利くので、中世、ルネサンスの時代のポリフォニー作品で、グレゴリオ聖歌を引き延ばしたテナーやバスのパート、舞踏などの伴奏にも適しています。ゴシックハープは中世後期からルネサンス時代に弾かれていた楽器で、ルネサンス時代にハープと言えば、ブレイピンによって出される「ロバのいななき音」が鳴るハープを指したようです。

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Gothic harp

ゴシックハープ

Made by Jun Matsuo


日本に帰国してから仲間入りした日本人制作家によるゴシックハープ。図像学に基づく再現で特定のモデルはないですが、ドイツのニュルンベルクにある国立博物館に保存されているゴシック・ハープに似ています。このハープにもブレイピンがついていますが、この楽器はあえてブレイピンを外して演奏をしています。ブレイピンのON、OFFによって半音ほど音程が変わり、ブレイピンをちょうどよい具合に掛けるのに時間がかかるので、楽器負担を減らし、音を安定させるために「2種類」のゴシックハープを使い分けています。

 

ゴシックハープが使われる時代になると旋法上の転調で生じる半音変化や和声的な美しさのために用いられた半音変化であるムジカ・フィクタが多用されました。そのために中世ハープでは下記のような調弦を検討します。
 

中世ハープの調弦法

 

都度調弦

曲毎に必要な音を調弦する方法。中世時代にはピッチが定まったいなかったために、アンサンブルする楽器、歌手によってピッチを変える必要がありました。このような場合にはその都度求められるピッチに合わせ音階/旋律に必要な全音、半音を調弦します。

曲毎に音階やピッチが異なる場合も、その都度必要な音に調弦します。

スコルダトゥーラ scordatura調弦 (変則調弦)
作品中で必要な半音変化をあらかじめ調弦し弾く方法。中世ルネサンス時代のソルミゼーション上の音階で必要な「シ♮」と「シ♭」を上下のオクターブに交互に入れたり、和声的に必要な半音(ファ♯やド♯)も上下のオクターブで「ファ」「ファ♯」や「ド」「ド♯」と交互に入れます。

例) F G A B♭C D E F G A B C♯D E F♯G A

 

また別の方法として音階中に「C D E F G A B♭ B」とあらかじめ2つのシ(シ♭とシ♮)をセットすることもあります。
 

フレッティング

半音が必要な時にその都度チューニングピンの付け根の弦を指で腕木に押し当て、弦長をわずかに短くすることで半音を操作します。図像に残るゴシックハープや現存するハープを見てみると、腕木に指を押し当てるスペースが充分にないことが多く、指で押さえて半音を操作する方法はデザインによっては難しいです。また高音の弦になると弦長が短いためにフレッティングをした際に音が全音近く上がってしまうため、半音を作ることが出来ない場合もあります。

 

ただし、ムジカ・フィクタと呼ばれる半音変化についてはハープで必ず弾かなければいけないものではなく、半音の箇所は弾かずに他の音に回避したり、経過音的なフレーズではあえて半音変化を付けずに弾いても問題ありません。

​こちらのハープでもお客様に演奏を聴いていただきました。
両端の楽器はデルタ・ハープ。中央の2台はロマネスク・ハープ
ドイツのハープ製作者 Eric
Kleinmann さんの楽器です。